先日の実家での出来事。
ちょうど観ていたバラエティ番組で、2~30年ほど前のCMを再現しているものはどれか、というクイズ問題が行われていた。その時、出題された問題について、父が自分の記憶を辿っていろいろと話をしてくれていて、それをフムフム聞いていたら、横から母が
「この人の話を信じたらアカンよ、デタラメばっかりやから」
ってジョーク?なんか毒?なんかを吐いてきた。
わたしは相変わらず辛辣やなぁと思いつつ、空気が歪むの避けて敢えてそれに触れずに父の話に耳を傾けてたんだけど。
父自身もそれを気にも留めず話を続けており、母親の毒舌に傷つかないんかなぁ、慣れたんか? って少し引っかかったんよね。
帰宅してからその件についてデンさんと話をしてて、頭によぎったのは、もしかすると父はわたしと似たような対応をしていたのかもなぁ、という。
母親は常に“正論”“正義”という名の“毒”を吐くタイプで、わたしはある程度は受け止めてしまうので都度傷ついていたのだが、そのうち無意識に“聞いてるようで聞いてない”技を駆使するようになったのだ。
いまも時折、数秒から数分の間にかけて記憶が飛ぶ現象が起きるのは、その名残だったりする(これはデンさんが気付いて指摘してくれてから初めて認識した)。
愛があるからスルーできるわけではないのでは、というのが自論。愛があったら、相手の言葉をいったん受け止めてから感情を殺して流す…という心理状態になるので、逆にダメージは残ったままなのでは。
ちょっとその辺のところ、父にこっそり訊いてみようかな…w
できればそんな変なスキル使わずとも済む会話を望みたいところなんだけど。毒を吐く人はどういった心境でポンポンとそれを投げるのだろうか。ま、毒のつもりじゃないかもしれないのが一番の理由かな。
かくいうわたしも学生時代に一時期、毒ではないけど分析家ぶって偉そうに語っていた(今もか?)ときがあり、それは単に無知を隠すための見栄だったけど、聞いてるほうは苦痛だったんじゃないかと思うんだよね。自覚したときに恥ずかしさで打ち震えたよね…
会話って難しいなぁ。